ぐだぐだGamer日記

雑多ゲームの日常を記すぐだぐだな日記!

Fate/Wahrheit - Chapter1

『Chapter1 - 第6次聖杯戦争』

 

西暦2021年 - 日暮市

先の年に行われた、およそ半世紀以上ぶりとなる五輪の祭典も恙無く幕を閉じ、
今はその余韻に浸っているといった空気が、あちこちで見受けられる。
各々の都市や地方で、結果に一喜一憂していた時が今となっては懐かしくも感じた。
無論、この日暮市とて例外ではないだろう。
未だ興奮冷めやらぬこともある最中、街には今日もいつも通りの朝が訪れていた。
日暮市の中央にある大きな住宅街。その中の一軒から何やら声が聞こえてくる。


「―――――――兄さん、忘れ物はない?」

「大丈夫大丈夫!いつも通り、問題は無しさ。仁美(ひとみ)は心配性だなぁ」

「研究資料とやらを忘れて大目玉食らってたのは、どこの誰だったっけー?」

「そ、それはほら…アレだ。何とかにも筆の誤りってヤツ!」


一人の青年と少女が、家の玄関先で会話をしていた。

格好からして、二人とも学生だろうか。
仁美と呼ばれた方―――――――――――――見た目高校生ぐらいの少女は、
肩ぐらいまで伸ばした少しだけ青みがかった髪に、細く優しげな眼差しを持つ。
しかし、一回り身長が高い青年に臆することなくモノが言える強さが見て取れる。


「弘法、ね。兄さん的に言えば、陣を間違えるとかだろうけど」


仁美はそう言って"やれやれ"と肩を竦めて見せた。
先ほどから凄い言われようとなっている彼の名は、藤丸依槻(ふじまる いつき)。
妹と同じ色で短めの髪に、やや切れ長の瞳を持つ。
見た目ごく普通のどこにでもいそうな青年といった感じの人物だ。


「はいはい僕が悪ぅございました。じゃ、行ってくる!」

「うん、気をつけてね。いってらっしゃい!」


出掛け前の小競り合いもケリがついたのか、依槻は妹に手を振ると玄関先を後にする。
彼は街の大学に通う学生なのだが、授業などについては自身で時間を決めるため
よほどのミスをしなければ遅刻という概念はほとんど無い。
ならば何故、普通の学生のように朝早くから出掛けているのかというと
彼は大学で魔術の研究をしており、学校の勉強とは別にそちらで忙しくもあるからだ。
今や、大きな大学であれば専攻されるほど魔術分野は盛んとなっており、
魔術協会から講師として有力な人物が招かれることも珍しくない。


「今日は、少しでも進展があるといいんだけどな…」


大学に向かう途中、彼はポツリと呟く。
何を隠そう、大学で魔術研究を専攻しているということは彼の進む道は魔術研究者。
それも時計塔、アトラス院、彷徨海を相手取るレベルの有名さを目指しているのだ。
この話を幼馴染にしたら、凄い勢いで爆笑されてしまったのは記憶に新しい。
しかし、何が転じて成功するかわからないこの世の中だ。目指して見る価値はある。
そうしてあれこれ考えていると、少し遠くに大学の敷地が見えてきた。
続けて、いつも通る公園を通り過ぎようとする、と――――――――――。


「――――――おはよう!依槻っ!」」

「――――――うわぁっ!?」


彼は脇道から突然出てきた人物に声を突然かけられ、我に返ると同時に驚いた。
一瞬だけ固まってしまったが、改めてその人物を視認して安堵の表情を浮かべる。


「びっくりさせるなよなー……おはよう、杏子」


突然現れたのは小さい頃からよく知る幼馴染、緋野杏子(あかの きょうこ)。
若干赤みがかった腰まである長い髪に、切れ長の鋭い瞳を持つ少女だ。
女性ながら、依槻とほぼ同じ長身かつ強気なこともありながら"格好良い"という言葉さえ似合う。


「この時間にいるってことは、また朝練か何かか?」

「そうそう!大会も近くなってるし、ここらでビシッとしなきゃなーと思って」

「スポーツ女子って、ホント元気だよなぁー」

「男なのに部屋に篭って研究ばっかの依槻がつまんないのよー」

「そこは夢を追ってると言ってもらいたいな」


杏子の実家は武術を教えている道場で、彼女は薙刀の有段者なのである。
そろそろ二十歳になろうかというところだが、並みの男よりも強いという話だ。
何を意識してなのか、依槻の前であまりそういう姿を見せることはない。
片や魔術を志し、片や武術を志す。方向性は丸っきり違う二人ではあるのだが、
幼馴染だからなのだろうか。小競り合いこそあれど、仲違いなどは一切ない。


「じゃあ、私は道場に行くからこの辺で。また後でね!」

「ああ、頑張れよ主将さん」


気がつくと大学の正門前に来ていた二人は、そこで一旦別れた。
杏子は部員が待つ校内の道場へ。依槻は仲間のいる研究棟へ。
彼女が走り去っていくのを見届けると、彼は再び校内へと足を進め始める。


「……さて!僕も頑張るとするか」


自身に渇を入れるように鋭く言葉を発すると、そのまま校内へと姿を消した。




*   *   *




大学構内 - 研究棟


この大学はかなり大きな規模のため、対象とされる研究分野も多岐に亘(わた)る。
近年、その中でも注目を集めているのはやはり魔術分野の研究だろう。
一重に魔術といっても様々なものがあるため、宝石魔術、紋章魔術、召喚魔術と
研究の方向性一つとっても大きく違ってくる。
依槻自身は現状、広く浅くといった感じで研究を進めてはいるのだが、
その中でも特に力を入れ始めたのが召喚を主とした魔術研究だ。
そして、召喚という単語で真っ先に出てくるであろう事柄はというと―――――――――――――。



「英霊の召喚……聖杯戦争……」



研究書物を手に取りつつ依槻が呟いたこの言葉。
過去の偉人や英雄を英霊――――――――――サーヴァントとして召喚し戦う儀式。
彼は実際にそれを見たことはないのだが、知識としては当然の如く知っていた。
文献やデータによると、聖杯戦争は過去に少なくとも五度行なわれたことがあり、
その度に有力な魔術師が参加者として選ばれ、戦ったとされている。


「もし何でも願いが1つ叶うとしたら、何を願う?」

「叶えられる願いを増やす!」

「テンプレみたいな素敵回答をどうも」


彼は研究仲間の学友に質問を投げかけて見るが、返ってきたのはそんな回答。
分かっていたのか、大きくため息をついてみせた。

――――――――――――――――そうなのである。

聖杯戦争という儀式は、何も魔術師同士が腕を競い合うだけの戦いではない。
最後まで勝ち残った者には報酬が与えられるのだ。



それが、名前にもなっている"聖杯"。


あらゆる願いを叶えると言われている万能の杯である。
今まで行なわれた聖杯戦争の記録を辿ってみると確かに勝者は存在しており、
聖杯を用いて願いを叶えたとされる記述も残されていた。
ただ、勝者がその後どうなったかについての足取りは殆ど記録が残されていない。
依槻はこの点に疑問を抱いたが、古いものだと数百年も遡る記録であったため
古すぎるが故に記録が曖昧なのだろうと思う事にした。


「つか、聖杯戦争だっけ?もう起こり得ることってないんだろ?」

「まぁな……解体戦争があったから恐らくは」


解体戦争というのは、五度目の聖杯戦争の後。
2010年頃にあった"聖杯戦争を終わらせる為の儀式"である。
魔術師としては御三家であった遠坂家と時計塔の関係者が行なったもので、
これによって今後、聖杯戦争は起こらないとされた。


「でもまぁ、もしかしたらってこともある。その時の備えだよ、備え」

「備えねぇ……俺は戦いに備えるなんてのは御免だな」


戦争と名が付いてるだけあって、やることはいわば魔術師同士の潰し合いだ。
死人が出たという記録も残っている。
それでも興味が沸いてしまうのは、魔術を志す者の性とでもいうのだろうか。
隣で話を聞いていた同級生の学友は苦笑いをしている。


「過去の偉人や英雄と相見えるってだけでも、凄いと思わないか?」

「ちょっとしたタイムマシーンみたいだよな、それって」

「タイムマシーンか……言い得て妙だな」


英霊召喚をタイムマシーンと例える友人の言葉を聞いて、依槻は"なるほど"と頷いた。
過去に活躍、または注目された何者かをまさに呼び出すことが出来る儀式。
目的が聖杯の獲得ということに囚われてしまいがちだが、改めて考えると凄いことだ。
歴史的に曖昧になっている事柄を本人の口から聞けるかもしれないし、
まさに正史として語り継がれていることが真っ向から覆ってしまうかもしれない。
だからこそ、聖杯戦争という場でしか英霊の召喚は出来ないのだろう。


「おっと、もうこんな時間か。僕は午後の学科に出てそのまま帰るが、どうする?」

「俺は放課後も少し此処に残るぞ。調べ物の続きもあるしな」

「分かった。整理と施錠だけは忘れないでくれよ」


時計を見るとちょうどお昼時になっていた。午前は研究室に入り浸ってこそいたが
午後からはちゃんと授業を取っているため出席しなくてはならない。
今から学食へ向かえば、杏子と出会うこともあるだろう。
部屋は学友に任せておくことにして、依槻はやや急ぎ足で学食へと向かうことにした。




*   *   *




放課後 - 校内武道場


本日最後の学科が終わって帰ろうとしていた依槻だったが、杏子に付き合う為に武道場を訪れていた。
まだ二年生ながらも主将を務めているだけあってか、新人部員への指導などがあるらしい。
特に放課後の予定もなかった彼は、武道場の傍らからその様子を見学していた。



「――――――――はっ!!!せやぁっ!!!」



広い武道場に、彼女の鋭い掛け声が響き渡っている。
聞き慣れている依槻ならまだしも、これを初めて目の当たりにすると
思わず身じろぎしてしまうほどだろう。
物凄い速さで動く切っ先は、よく見ておかないと見失ってしまうほどだ。
剣道より難しいとされている薙刀だが、それを使いこなす彼女はさすがといえる。


「もっと身体の軸を真っ直ぐに!それじゃ叩き落とされるわよ!」

「はいっ!!!」


後輩への指導に熱が入る杏子の声が先ほどからずっと響いている。
先ほどからずっとその様子を眺めていた依槻だが、ふと何かに気付いた。
彼から見て反対側の出入り口―――――――――そこに、数人の学生がいることに。
全員女生徒だろうか。その視線の先を見てみると、明らかに杏子の方を向いていた。
見学にでも来ているのだろうか?

などと思っていると―――――――――――――――――。



「緋野センパーーーイ!!!」



突然、黄色い歓声が武道場に小さく響き渡った。声の主はもちろんその学生達。
その様子を見てぽかんとする依槻だったが、声をかけられた杏子はというと
若干照れ臭そうにしながらも、学生達に手を振り返して見せる。そして再び黄色い歓声があがった。


「ほんとにあったのか……ファン倶楽部……」


何かに納得した依槻がボソッと呟く。
以前彼女から聞かされたことがあったが、まさか本当だったとは。
面倒見が良いだけでなく女性らしからぬ強さもあり、なお且つ長身のスタイル。
そりゃあファン倶楽部の一つや二つ出来てもおかしくはないか、と。
そういえばまだ若い女性教授が"杏子"と書かれた横断幕のような物を持っていたのを
見かけたような気がするな、と彼は思い出していた。
そのまま一時間ほどが過ぎただろうか。

指導を終えた杏子を迎え、二人ともようやく帰路につく。
まだ日が沈み始めるぐらいの時間帯だったため、夕食には間に合いそうだ。




「んー……っ!今日も思い切りやって疲れたなぁー」

「お疲れさん。ファン倶楽部の声援も凄かったなホント。
ハートマークが飛んでるのが見えるようだったぞ」

「ファンの後輩達には悪いけど、私に百合の趣味はないっ」

「あったらあったで、僕が立ち位置に困るからやめてくれ」

「えー?もしかして私の人気に妬いたりしてる?」

「イエスかノーかで言うと、イエス。そろそろ雲の上の存在になりそうだよ」

「ふふっ、何それ。私は偉人でも英雄でもないよ」


そんな他愛も無い会話をしつつ、依槻と杏子は帰り道を歩いていた。
男女にも関わらずこんなやり取りが出来るのも、幼馴染ならではだろう。
そして、偉人や英雄という言葉が出たのを聞き、依槻は何やら考えを巡らす。


「薙刀や槍使いの偉人や英雄ねぇ……誰かいたっけな……」


今日の午前、研究室で話題に挙げていた英霊召喚についてだ。
聖杯戦争において召喚される英霊は七騎。その中で"ランサー"と呼称される
いわば槍に纏わる逸話や伝承がある英雄といえば誰がいるだろうと考えていた。
杏子は薙刀を扱うため、槍兵の英霊であるランサーとイメージが重なるのだろうか。


「何なにー?それって例の儀式の話?」

「ん?あぁ、もし杏子が召喚するとしたらどんな英雄が来るのかと思ってさ」

「ほんっと昔から突拍子も無いこと言い出すよねー」

「研究野郎の性さ。そこは諦めてくれ」


彼の昔からの癖で、突然話題が彼方へすっ飛ぶのはいつものことだ。
それでも会話がちゃんと成立してしまうのだから凄いとは思うのだが。


「もし、そんな英雄を呼び出せるとしたらどんな人物を呼びたい?」

「そうねー……やっぱり、槍術の師匠みたいな人がいいかな!」

「向上心の塊かよ」

「今だと伝承が途絶えた武術とかも教われるかもしれないし!」

「英霊召喚はそういう用途で使うもんじゃないっての……」


実際に彼女がそういう英霊を召喚してしまった暁にはホントにやりそうで困る。
そもそも聖杯戦争自体がもう起こるものではないし、英霊も意味を成さないのだが。
だが、もしかしたらを想像せずにはいられないのが人の性というものでもある。
そんなこんなで歩いていると、二人は住宅街の付近まで帰りついていた。
いつもならばこの辺りで依槻と杏子は別れるのだが今日は寄り道をするらしく、


「おっ、いたいた。隆さーん!」


住宅街の入口に建っている小さな教会―――――――――――そこに入った二人は
扉の付近にいた男性へと呼びかけた。依槻の声に気付いた彼がこちらを振り返ると、
快活な笑顔で手を振りながらこちらへと走り寄ってきた。


「よぉ、二人とも!今、大学の帰りか?」


物凄くよく通る大きな声で依槻と杏子へと挨拶を返す。
二人より頭1つ分は高い大柄で、黒を基調として青白の線が入ったスーツを着ている。
伸ばした黒髪を後ろで束ねた髪型が印象的だ。今風のスタイルとでもいうのだろうか。
彼の名前は岸本隆伸(きしもと たかのぶ)。日暮市にあるこの教会で神父を勤めている男性だ。
神父と聞くと、静かで落ち着いたイメージがあるのだが―――――――――――――――。


「うん、そんなところ。隆さんはそろそろ店仕舞いって感じ?」

「店って御身分でもねぇんだけどなぁ。もうちょいで今日の営業は終わりってとこだ」

「教会が店仕舞いしてどうするのさ……」

「固いこと言うなって!今日も近所のチビっ子の相手で大変だったんだぞ?」


――――――――――とまぁ、およそ聖職者には見えない言動をするのが彼である。
そこが良いところでもあるのか、この街ではそこそこの人気者らしい。


「隆さん、頼んでた資料は手に入った?」

「おう!何とかなったぞ。協会への言い訳が大変だったけどな!」


どうやら依槻は隆伸に何か頼んでいたようだ。
住宅街の外れにある教会にわざわざ寄り道したのもこの為だったのだろう。
そして今しがた彼の口から出た"協会"という言葉。
彼は元々魔術協会に所属しており、もちろん魔術師でもある。
そのままあちら側で仕事をするという道もあったのだが
生まれ育った街で働きたいという彼の要望により、協会を抜けてこの日暮市へと帰ってきたのだ。


「これって、何の資料なの?」

「魔術協会が保管している、過去に行われた聖杯戦争の資料さ」

「解体戦争以降、こういった物は完全に過去の遺物扱いになっちまったからなぁ」


隆伸は分厚いファイル資料を取り出して依槻に渡した。
魔術協会が保管しているほどなのだから重要なものだとは思うのだが、
意外にもそういうことではないらしい。
今後、聖杯戦争は起こらないのだから多少の閲覧は許容範囲ということだろうか。
依槻はページを捲っていくと、過去の戦いに参加した魔術師の概要や
その時召喚された英霊が誰であったかなどが綴られていた。


「あっ!これって冬木市の写真だよね?」


比較的新しめのページを見た杏子が気付いて声をあげる。
今から15年以上前に、日暮市と隣接する都市。冬木にて行なわれた第五次聖杯戦争。
開かれているページにはその概要がいくつか記されていた。


「その時は僕達も小さかったし、隣の街でそんなことがあったなんて
流石に知る由もなかったからな……」

「というより、聖杯戦争については基本的に機密事項だったしな。
選ばれた魔術師同士の戦いであり、一般人に知られること自体がアウトさ」

「その、解体戦争っていうのがあってからは規制が無くなったの?」

「まぁそんなとこだ。協会も興味無くなったことにはとことんドライときてる」


聖杯戦争にはいくつかルールが存在していたという。
魔術と関わりの無い一般の人間には儀式が行なわれていることを知られてはならない。
英霊を召喚して戦う参加者……つまり、マスターであることを隠さなければならない。
原則として夜の間しか戦ってはならないなどがある。
そこまでひた隠しにする必要があるのだから、聖杯戦争がいかに危険と隣り合わせかは想像に難くない。
そしてその報酬が、何でも願いを叶える代物とくれば尚更だろう。
最後の一人にさえなればいいという発想でとんでもない手段に出る魔術師もいるかもしれない。


「聖杯戦争の参加者……マスターにはどんな魔術師が選ばれるか分からねぇ。
流儀を重んじる者もいれば、好き放題する奴だっている。
それこそ、何故自分が?みたいに突然選ばれることだってありうる」

「でも選ばれるっていうことは、何か理由があるんでしょ?」

「そりゃそうさ。無欲な人間はそもそも選ばれる道理がない。
人ってのは必ず何かしらの願望を奥底に抱えてるからな。聖杯はそれを見抜いて選び出す」

「隆さんが言うと、妙に宗教的で説得力がある気がするよ」

「当然!何せ、我が主はその願いもきっと見通しておられるはずだからな!」


隆伸はそう言って快活に笑うと、教会の屋根に飾ってある十字架に手をかざす。
やはり彼は曲りなりにも聖職者なんだなと、二人は改めて思うのだった。


「ありがとう、隆さん。役立てさせてもらうよ」

「助けになれたんなら何よりさ。帰り道気を付けてな、二人とも!」

「うん、それじゃあまたね!」


礼を言うと、依槻と杏子は踵を返して小さな教会を後にする。
夕日の方向に去っていく二人の姿を、隆伸は大きく手を振って見送っていた。




*   *   *




夕刻 - 藤丸家


杏子と別れた後、やや小走りで家へと急いだ依槻はなんとか日が沈む前に帰りつくことができた。
辺りを夕闇が包み始めた頃、一軒家の玄関先に兄妹の声が響き渡る。


「おかえり、兄さん!」

「ただいま、仁美。ギリギリセーフってとこか?」

「寄り道を見越して、少し遅めに作り始めたから大丈夫だよ!」

「コイツは一本取られたな」


玄関先からでも既に良い匂いがしてくるのがわかる。
彼が帰る時間に合わせて夕食を作ってくれていたようだ。さすが自慢の妹といったところか。
とりあえず靴を片づけてダイニングルームへ行こうとすると、ふと何かが目に留まった。
靴箱の横に小包が置かれている。ラベルに目をやると、どうやら外国からの荷物のようだ。


「ん?この小包は……」

「お父さんとお母さんから送られてきたんだよ。兄さん宛てみたいだけど?」

「僕宛てに?一体何だろう……」


二人の両親は現在海外出張中で、しばらくは日本に戻ってこない。
なので現在、家には兄妹二人しかいないのである。
そんな最中に自分宛てに海外から荷物が送られてきたと知って少し驚く。
すぐさま小包を開けて見ると、小さな箱と一通の手紙が現れた。


『出張先の友人から珍しい物を頂いたので送ります。
大学での研究頑張ってください。それと、仁美にあまり手を焼かせないように!』


恐らく母親が書いた文面だろう。その内容を見た彼は少し苦笑する。
珍しい物というのは箱の方に入っているのだろうか。続けてそちらにも手を伸ばす。
箱を開けてみると、布に包まれた金属のようなものが入っていた。
鉛色の淡い輝きを放っているそれは――――――――――――――――――――


「これは……古い硬貨?見たところ外国のみたいだけど」

「ちょっと前に歴史の文献で見たことがあるな……確か、アス硬貨だった気が」

「アス……硬貨?何それ?」

「紀元前から一世紀ごろに、ローマで流通していた貨幣のことさ」


かなり歴史的にも希少価値のある代物のようだ。

二千年近く前だから、それもそうだろう。
まさかこんなものが送られてくるとは。二人は素直に驚いていた。
研究者でもなければあまり知ることはない事実だが、古代ローマには魔術的分野があったと聞く。
歴代ローマ皇帝の中にもそれらを扱える者がいたと噂されるほどだ。


「研究資料として十分な物だよ。ありがたく使わせてもらおう」

「ふーん……間違って壊したりしないようにね?」

「そうなったらそれこそ、雲の上の皇帝達が泣きかねないな」


依槻は硬貨を再び布に包むと箱へ仕舞った。もしこれに魔術的要因があるとすれば
魔術行使をする際に重要な触媒としての役割だってあるだろう。
それ自体に魔力が込められていなかったり、魔方陣などがなかったとしても
生み出された地域に何らかの繋がりがあれば、それだけで十分モノとしては機能する。
ゆえに、魔術を使った時に思わぬ物が反応を示すことだってあるのだ。


「さて!難しい話はこのぐらいにして、ご飯にしよう」

「慌てなくても、ご飯は逃げたりしないよー」


今度こそダイニングへ向かった依槻を仁美が追いかけていく。
藤丸家の一日は、こうしていつも通りに過ぎていくのであった。




*   *   *




日暮市郊外 - 無人の教会


日はとっくに落ちて夜も更けた頃、辺りはすっかり静まり返っていた。
住宅街から離れた場所にあるこの教会は今では無人となっており、特別な催しでもなければ
人が訪れることは滅多にない。廃墟ではないため、手入れは行き届いているようではあるのだが、
静まり返った夜の教会というのは、それだけで恐ろしげな雰囲気を醸し出していた。


"コォォォォォォ………"


無人の場所特有の音とでもいうだろうか。教会内には、夜の空気が渦巻く音だけが静かに響く。
同時にそれは、これから何か起こるのではないかという幻想さえ抱かせてしまうようだ。
かといって別に何が起こるわけでもない。ただ、風が渦巻いているだけだ。
そのまま朝が来てしまえば、この無人の場所はいつも通りの朝を迎えるだけだろう。

だが―――――――――――――――――――――――――。





"―――――――キィィンッ…!"





静まり返っていた教会内に、突如として変化が訪れた。
前触れもなく響き渡った一筋の音。それは金属、もしくは硝子のような音にも聞こえた。
しかし、変化はそれだけではない。
音が聞こえた直後に、祭壇前のやや開けた場所の床が紅い光を放ち出したのだ。
やがて、光を放っている何かの正体もあらわになる。



―――――――――――――――それは、魔方陣。



複雑な模様が幾つも描かれた魔方陣が、教会の床で紅い輝きを放っていた。
その輝きに応じるかのようにどこからともなく風が集まり、陣を中心に渦を巻いている。
段々と風と輝きは強くなってゆき、魔法陣の中央は既に光で見えないほどに覆われた。
そして―――――――――――――――――――――――――。





"―――――――グオォッ……!!"





まるで咆哮のような音と共に突風が魔法陣の中心から巻き起こり、
目を覆ってしまうほどの紅い輝きが教会内部を覆った。
数秒の後、先ほどまでの風も光も嘘のように消え始め、教会内に静寂が戻り始める。
それら全てが収まり、魔方陣の中心がようやくあらわになった時、
先ほどまで誰もいなかった筈の場所に何者かが立っていた。


「……」


そこにいたのは、腰まである薄青色の長髪を持ったやや長身の女性。
聖職者のようなヴェールを被っており、ローブのようにも見える白と青の服装は
胸元に十字架の装飾が施されたデザインをしている。
彼女は目を閉じており、しばらく無言のままその場から動かずにいた。
数十秒ほど経った後、静かに"ふぅっ"と息を吐くとゆっくりと目を開ける。
その眼差しは、女性ながらにハッキリとした強さを感じさせるものであった。
そのまま教会内部をぐるりと見渡した彼女は静かに歩き始め、背にしていた祭壇を振り返る。



「……今度こそ、本当に終わらせなければならない。という事なのですね」



祭壇に飾られている大きな十字架を見つめながら、その女性は言葉を発した。
それは、眼差しに秘められたものと同じく強さを感じさせるものであったが、
どこか悲しさも感じさせる言い方にも聞こえる。



「……ならば私は、見届けましょう。天秤を束ねるただ1人の担い手として」



誰かに語りかけるかのような。それでいて強い決意を秘めた口調で彼女は言った。
続けて片手を胸にそっと当てて祈りを捧げるように一礼をすると、
あとは何も言わずに踵を返し、教会の出口へと向かってゆっくりと歩き始める。
通路の中腹に差し掛かろうかという時、彼女の姿は光の粒子となってあっという間に掻き消えた。
誰もいなくなった夜の教会に残されたのは、既に擦れかけた魔方陣のみ。
その後は、不気味なまでに静まり返った空気が流れるだけとなっていた……




*   *   *




翌日 - 大学構内研究棟


隆伸から貰った資料の詳細を確認するため、依槻は再び研究室を訪れていた。
今日は放課後までめいっぱい時間を使って調べたいと思ったのか、授業は午前に集中させて
午後は完全に時間の空きを作っておいたらしい。
前から書斎のようになっている研究室に、今日は更に書物が増えていた。


「聖杯戦争無しで英霊の召喚が出来たら、表彰物なんだけどなー」

「それはそれで、乱用者が増えて危ない気もするけど?」

「その時は魔術界隈の法整備も必要になってくるかもな」


依槻の呟きに続いて、普段はこの研究室であまり聞くことのない声が室内に響く。
薙刀部主将、杏子の声だ。どうやら彼女も午後の授業は取っていないらしい。
部員が活動し始めるのは放課後からだし、暇だったからということで彼に付き合っているのだ。
武道こそ極めてはいるものの、文武両道ということで一応彼女も魔術の心得ぐらいはある。
研究者志望である依槻ほどではないが、なんとなく理解はしているようだ。


「しかしこうして過去の資料を見返してみると……色々大変だったんだな」

「監督役が不正なんて、スポーツマンシップに則ってない!」

「大方、聖杯に目が眩みでもしたんだろうさ」

「基本的に7騎で戦うのに、それより多かったって記録もあるのね」

「それこそ、1人で何騎も召喚して違反紛いの事をしてたかもな」


基本的に、聖杯戦争は7騎の英霊をを召喚して争われる。
セイバー・ランサー・アーチャー・キャスター・ライダー・アサシン・バーサーカー。
偉人や英雄が持っている逸話や、生きた経歴に応じて7つのクラスが割り振られる。
このいずれにも該当しないクラスが召喚されたこともあるらしいが、
その辺りになると資料が古すぎるため詳細な記録は残っていない。


「そして、強い英霊が手元に来たから勝ち……というわけでもないらしい」

「え?どうして?一騎当千の英雄なら敵無しじゃないの?」

「英霊の力はマスターの魔術師としての腕にも左右されてしまう。
例えば物凄い魔女の英雄を呼んでも、呼んだ本人に魔術の知識が無ければ
どうやって戦うか指示することもできないだろ?」

「それはまぁ……確かに」

「呼ぶ英霊自体の力量も重要だけど、それ以上に呼ぶ本人。
マスターの軍師としての力量も試されてるんだと思うよ」

「単純な戦いってわけじゃなく、色々複雑なのねー……」


現実においても、試合などでただ1人の力量がずば抜けてるだけでは勝つことは出来ない。
聖杯戦争もそれと同じで、呼び出した英霊との連携が重要ということなのだろう。
こういった駆け引きの面白さも、彼が召喚魔術に注力し出した要因でもあった。
もう少し談義を続けようと思った依槻だが、ふと壁の時計に目をやると


「もうこんな時間か……お前はこれから武道場だろ?」

「そうね、そろそろ行ってこようかな。ちょっと面白い話も聞けちゃったし」


放課後の時間も近くなっていたため、二人は部屋の片づけを始める。
依槻はもう少し研究室に残ると思われたが、今日はそのまま帰るようだ。
持って来た資料を小脇に抱えると、杏子と一緒に部屋を出る。


「んじゃ、仁美を心配させないように早いとこ帰るとするよ。じゃあな」

「またねっ!」


別れを告げて、依槻は帰路へ。杏子は武道場へ。
それぞれ真反対の方角へと歩いて行った。
窓から外を見てみると、まだ陽が落ちるには早い。のんびり帰っても間に合うだろう。
特に用事もない他の学生が帰る中に混ざって、依槻は大学の正門を出た。
腕を頭の後ろで組んで欠伸をしながら、数キロ先の自宅へ向かって歩を進める。


「ん……」


大学から少し歩いたところで、何かに気付いた彼は視線を動かした。
住宅街の外れにある丘――――――――――――――その頂に建っている教会。
周りは木々に囲まれているが、1か所だけ突き出たオブジェの十字架が夕日を反射している。
普段は特に気にすることもないのだが、今に限ってはその建物が何故か気になっていた。


「そういえば……教会が拠点になることが多かったんだっけか」


全てがそう、というわけではないのだが聖杯戦争において監督役などが拠点とするのは
教会などの建物が多かったという記録が残っている。
魔術を行使するための条件が地形的にも力場的にも適していたからだろう。
それを言ってしまえば、隆伸が営んでいる教会もそれに該当するのかもしれないが。
ただ、あまり大規模な魔術は一般の目に触れることがタブーなため、
ああいった人里離れた場所こそが理に叶っているともいえる。


「……ま、今色々考えてもしょうがないか」


依槻はそう呟いて短く息をつくと、視線を戻して家への歩みを速めようとした。
するとその時――――――――――――――――――――――――――――。





"―――――――キィィンッ…!"





―――――――――――――突然そんな音が。金属もしくは硝子のような音が、周囲に響き渡った。
聞き慣れない音に驚いた彼は周囲を見回すが、音を発しているようなものは見当たらない。
いや……むしろ自分以外の人は、音がしているにも関わらず無反応のままである。


「僕にしか聞こえていないのか……?」


そう――――――――――この奇妙な音は彼の頭に直接響き渡っていたのである。
事態の理解が追いつかずに足を止める依槻であったが、異変はそれだけではない。




『――――――――――――――資格持つ者達よ。
戦いはここに告げられました。願うならば、集いなさい。』




その直後、頭に直接語りかけてくるかのように言葉が聞こえてきたのだ。
声の主は恐らく女性だろうか。魔術的に相手へ直接言葉を伝えることは出来るが、
まさか自分がとは思わなかったため、魔術慣れしている彼でも驚かざるを得なかった。
そして声が聞こえてきたことよりも、あるワードを聞いた彼は確認するかのように呟く。



「"戦い"だって……?まさか――――――――――――――」



何か思い当たることがあったのか、考えを巡らそうとする。
しかし、それよりも先に目の当たりにした確かな変化によって彼は全てを確信したのであった。

 


*   *   *

 

 



その夜 - 日暮市郊外


普段ならば夜の散歩やジョギングをしている市民ぐらいしか近寄らないこの場所だが、
今宵に限っては3人の人物が揃って歩いていた。学生が2人に神父が1人。
なんとも珍妙な組み合わせなのだが、今この時においては必然ともいえるだろう。
夕暮れ時に確かな異変に遭遇した依槻はすぐさま自宅へ帰った後、
残る2人の下へと急いで向かった。
異変に見舞われたのは彼だけだと思っていたのだが―――――――――――――――。


「全く、神様の気まぐれにもほどがあるってもんだ……なぁ?」


並んで歩いているうちの1人。隆伸が"やれやれ"といった感じで肩を竦めてみせる。
いつもならば、よほどのことがなければこのような仕草は見せないのだが
彼にそうさせてしまうほどの何かが同様に起こっているようだった。


「私も本当に驚いたわよ……昨日の今日でこれだもの」


依槻の隣で杏子もまた、心底驚いた様子を隠そうともせずにぼやいた。
そもそも何故にこんな夜の時間帯に、2人を呼んでまで外出しているのか?


「僕だって信じられないさ……まさか偽物じゃないよな?これ」


彼はそう言って、右手の甲を目の前にかざしてみせる。
そこには、夕暮れ時に起こった事について全ての答えがあった。





真紅に彩られた、紋章のような模様が描かれている。





一般人が見ればどこの厨二病だと笑い飛ばされるかもしれないが、そうではない。
あの時突然音が聞こえ、声が頭の中に響いた直後。
一瞬だけ、右手に何かで刺したような痛みが走ったかと思えばこうなっていたのだ。
魔術に詳しい者ならばもちろんのこと、研究をしている依槻も当然これを知っていた。





――――――――――――――――――――――――令呪。
聖杯戦争において、マスターに与えられる特別な魔術刻印。





まさにその令呪が、彼の右手の甲に現れていたのである。
そしてそれは彼だけではない。杏子と隆伸も同様であった。
信じがたい事にここにいる3人は現在、マスターとしての資格を持っており
同時にそれが何を意味するかも十分に承知していた。



「第6次聖杯戦争、か……まさか俺らが参加者に選ばれちまうなんてなぁ」



今まで5度行なわれた、聖杯を争う魔術師同士の戦い。
これはまさにその6度目が始まろうとしていることを意味する。
だが、魔術師の身1つでは戦いは成立しない。

使役する英霊――――――――――――サーヴァントの召喚が必要だ。

とはいえ市内で儀式を行うのは目立ちすぎるかつ、一般人に知られてはならないため
住宅街から離れた場所へと、こうしてやってきていたのだ。


「正直、僕も実感がないよ。今ならドッキリでギリギリ済みそうだけど」

「こんな大掛かりなドッキリを仕掛けたとなっちゃあ、
やった奴は魔術協会から大目玉食らうに違いねぇ」

「というか……本当に、召喚を試してみるつもりなの?」

「必要なものは全て揃ってる。もし出来なかったらそれまでってことさ」


さすがに3人が同時に召喚を試すわけにもいかないため、まずは依槻がやってみるのだろう。
そのためにおあつらえ向きの場所も前方に見えてきている。
大学からの帰り道、夕陽を反射していたあの教会だ。
隆伸曰く、魔術を行使するのに適しており"なんか怪しい"とのこと。
昔から勘だけは鋭いため、彼なりに何か思うところがあるのだろう。


「……よし。じゃあさっそく準備だ」


ほどなく教会までたどり着くと、建物横にある石畳で依槻が準備を始めた。
サーヴァントを召喚するための魔方陣を手際よく描いていく。
杏子はその様子を物珍しそうに眺めていた。


「ま、これも勉強のうちってことだな」


隆伸はそう言って、彼女の肩を叩く。
それでも終始難しそうな顔をしているが、別に杏子自身は頭が悪い方ではない。
むしろ魔術分野さえ除けば、依槻よりもかなり出来る方だといえる。
しかし、実際目の前でこういう大規模なものを見るとまた違うのだろう。


「別に、描いてるこの模様をそっくり覚えなくてもいいぞ?
召喚そのものは聖杯が行なってるらしいし、これは門みたいなものさ」


凄く見つめられていることに気付いた依槻が、苦笑しながら言う。
確かに、今まさにやっていることをそっくり覚えて実行するというのは難しい。


「そ、そうなんだ……そうだよね、うん」

「真面目すぎるってのも考えモンだなぁ」

「い、いいじゃない別に!」


普段は見られない杏子の様子を見て隆伸が笑うと、恥ずかしくなったのか
彼女は顔を若干赤くして反論してみせる。
こうして見ていると、おおよそ召喚の大魔術を行なう前とは思えないのだった。


「……よし、こんなもんだな。あとはこれを」

「これって……両親から送られてきたっていう?」

「あぁ。何もしないよりはマシだからな」


召喚用の魔法陣を描き終えた依槻は、最後にその中心にある物を置く。
それは、つい昨日送られてきたあの鉛色の硬貨であった。
資料によると召喚される英霊はほぼランダムで決まるということだが、
英雄や偉人の遺物であったり、その地に縁のあるものを触媒として使う事で
ある程度狙って召喚を行なったケースも過去にはあったらしい。
もちろん今回は誰を狙うということもないのだが、
研究者を目指す者として、試せるだけのことはしておきたい。
全ての準備が終わると、それを待っていたかのように辺りが静まり返った。


「一体、どんな感じになるんだろう……」

「俺も知識として知ってるだけだからなぁ……お手並み拝見ってとこだ」


白く描かれた魔方陣の前に依槻が立つと、残りの二人は距離を取る。
教会入口に立っている大きな柱の辺りまで離れたことを確認すると、彼は陣へ向き直った。
少し下へ俯き姿勢になり短く頷くと、大きく深呼吸をする。
ここまできたらあとはやってみるだけだ。これが本当に聖杯戦争でも、そうでなくても。
二人が後ろで見守る中、依槻は静かに目を閉じると右手を前に突き出した。




「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」



英霊召喚の詠唱が始まる。教会付近がそれに呼応するかのようにざわつき、
どこからともなく吹き込んできた風が渦巻き始めたように思える。



「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」



詠唱を続ける依槻を、杏子が息を呑んで見守っていた。
いつになく真面目な幼馴染の姿を見るのは、恐らくこれが初めてかもしれない。
いつもは研究ばかりしてるつまらない学生なのだが、
今、まさに目の前にいる彼は間違いなく魔術師であった。



「―――――――――――――告げる」



依槻がそこまで詠唱をした時、突如として変化が訪れる。
先ほどまで白く描かれていた魔方陣が紅い輝きを放ちだしたのだ。
同時にそこで目を開いた彼もまた驚いた表情をしているのが見えたが、
ここで止めるわけにはいかない。紅い光に包まれながらも詠唱を続ける。



「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ。
―――――――――――――――誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天」



紅い輝きが更に強くなっていく。
魔方陣の中央に置かれている触媒は既に光で見えない。
ふと気になって隣の隆伸に目をやると、彼もまた"ほぅ"と感心した様子だった。
元協会所属の魔術師なのだからこのぐらいの儀式は見慣れていると思っていたが、
英霊召喚の儀式となるとさすがに初めて見るからであろう。



「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――――――――!」



最後は少しだけ語気を強め、全ての詠唱が完了した。
その時―――――――――――――――――――――――――。



"―――――――グオォッ……!!"



咆哮のような音と共に突風が巻き起こり、周囲の木々を揺らす。
それと同時に目を覆うほどの紅い輝きによって教会周辺が照らされた。
遠くで様子を見ていた2人も手で顔を覆っている。
依槻も一瞬だけ眩しさに目を瞑ったが、何が起こったか確認しようと目を開けた。
巻き起こった風が止み、紅い輝きも収まったそこには――――――――――――。



紅いドレスのような服を纏った金髪の少女が立っていた。



背丈は彼より少し低いぐらいだろうか。
目を閉じてはいるものの、気高さ・高貴さのようなものがその身から感じ取れる。
彼女は静かに1歩だけ進むと、顔を上げると同時に目を開いた。
まるで森林を閉じ込めたかのように綺麗かつ力強い緑色の瞳と、マスターの目が合う。
気付いた彼女は口元を少しだけ綻ばせるかのように笑った。

――――――――――――そして、第一声は告げられる。





「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ、参上した。
―――――――――答えよ・・・・・・其方が余のマスターか?」





西暦2021年。
こうして第6次聖杯戦争は、始まりの夜を迎えた・・・・・・

 

 

To be continued...